「神は細部に宿る」。これは、ただ単に「細かいことを気にしなさい」という意味ではなく、細かい部分にこそ本質的な価値や完成度があらわれるため、細部まで丁寧に作り込むことが全体の質を決める。つまり、「細部に向き合う姿勢が価値を生む」という意味の表現です。

これと対になるのが、「悪魔は細部に宿る」。細部には落とし穴やリスクが潜むため、軽視すると危険という意味ですが、言葉は同じ「細部」でも、「価値」にもなるし「落とし穴」にもなる。ちょうど、「二度あることは三度ある」と「三度目の正直」の関係と同様、同じコインを、表から見るか裏から見るかの違いをあらわしています。

ただし、細部にこだわりすぎて全体を見失えば「木を見て森を見ず」、他者の細部に介入しすぎて全体性(主体性)を奪えば「マイクロマネジメント」と言われるように、「全体を理解した上で細部を見る」視点が不可欠なことは、あえて指摘するまでもありませんね。自分のこだわり≒部分最適が、全体最適につながるとは限りませんので。

さて、心理学には、身体の動かし方など細部に意識を向ける「内的焦点」と、空間や結果など全体に意識を向ける「外的焦点」という考え方があります。そして、練習段階(初心者)では「内的焦点」で細部を磨き、本番では「外的焦点」で意識を手放す。トップレベルの選手ほど、それらを上手に使い分けているようです。そこから、さらに、練習で磨いた細部をシンプルなキーワードへ圧縮することも重要で、これが本番での実力発揮につながります。

人は、緊張するほど細部が気になり、細部をコントロールしようとしがちです。この状態では、前頭前野による制御と、自動化された(動作)システムの間に衝突が起きて、その影響から混乱や疲労を引き起こしやすくなります。

このことは、指導場面にも当てはまります。たとえば、本番直前や最中に細かい指示を与えるのは、指導者の不安を押しつける行為にすぎないでしょうし、それでは、選手に「木」ばかりを意識させることになりかねません。本来、修正は練習で終わらせるものであり、本番は「森」の視点を維持させて、森の中を自由に動き回れるようにする方がよい場面も多いと思います。だからこそ、キーワードへの圧縮が必要というわけです。

全体が見えている状態で細部にこだわる。それが、指導者にも必要な視点ではないでしょうか。

noteを始めました。

note「メンタル・ビジョン・ウェルネス|脳力開発」
https://note.com/mwt_japan

もしよろしければ、ちょっとした気分転換や情報収集などに、ぜひ一度ページを覗いてみてください。