アンダーマイニング効果

2026年9月

先月は、「逆選択」「モラルハザード」というインセンティブの歪みの話から、条件つきの評価は、行動を歪ませる可能性があるというようなことを書きました。

では、もともと「楽しいから」「好きだから」というように、自発的におこなわれていた行動に対して、「褒める」「褒美を与える」などの外的な報酬を加えると、どういう行動が促されやすくなるのでしょうか。この場合、かえって内的な動機が弱くなると言われていて、これを説明する理論が「アンダーマイニング効果」です。

たとえば、絵を描くことが好きな子どもに対して、絵を描くたびに報酬(褒めるなど)を与えたとしましょう。すると、絵を描く目的が、「楽しい」から「報酬をもらう」へと変わるため、報酬をもらえなくなると、自発的には絵を描かなくなる可能性が高まる(ことがある)と言われています。褒める側としては、やる気を高めるつもりで与えた報酬なのかもしれませんが、それがかえってやる気を歪めるというわけです。

もう一つ、「グッドハートの法則」についても説明しておきましょう。

簡単に言うと、「指標が目標になると、その指標はよい指標ではなくなる」ということです。学校教育であれば、学習の成果や理解度を測るためのテストのはずが、テストの点数そのものが目標になると、「理解を深める」よりも「高い点数を取る」ことが優先されてしまう。スポーツであれば、練習の成果や成長を測るための記録や勝敗のはずが、それら自体が目標になると、長期的な成長よりも目先の結果が優先されてしまう。

さらに厄介なのは、評価指標だけをよく見せようとする行動が促されるところで、例えば、売上が高く評価されるなら、顧客の利益よりも自分の売上を優先しようとする。ミスの少なさが高く評価されるなら、難しい仕事を避けたり、ミスをしても報告しないか隠したりする。つまり、評価基準を明確にすると、かえって、本来の目的から人を遠ざける可能性があるということです。

したがって、何らかの仕組みを設計する場合に考えなければいけないのは、「この仕組みの中では、どう動くのが最も得になるのだろう?」という点。他者は、設計者の「意図」に従って動くのではなく、与えられた「仕組み」に適応して動きます。そのため、他者のモチベーションを喚起したいのであれば、自己視点ではなく、真に他者視点で、仕組みを設計する必要があるのです。

2026年8月

他者の行動を見ていると、こちらの思い通りにいかないどころか、意図とは真逆の結果が出てしまうことも、おそらくあるのではないかと思います。今回は、そういった現象を理解するためのヒントとして、「逆選択」と「モラルハザード」の話から始めてみましょう。

まずは、逆選択について。

中古車市場における売り手と買い手を比較した場合、売り手(現所有者)の方が車の状態を詳しく把握しています。こういう情報の非対称性がある時、質の高い車の持ち主は売るのをためらいがちになり、結果、市場には質の低い車が集まりやすくなるというのが、いわゆる「レモン市場」です。

また、保険市場では、リスクが高い(不健康な)人ほど保険に加入するインセンティブが高く、リスクが低い(健康な)人ほどインセンティブが低い。当然ですが、保険会社は損をしたくないので、保険料の値上げで対策しようとすると、ますます健康な人が離れ、リスクの高い人だけ残る。

これらが、代表的な「逆選択」の例です。

一方、モラルハザードは、保険に入ったことで安心すると、多少は無理をしても大丈夫と運転や健康管理が雑になる現象のことで、結果として事故や病気のリスクが上がります。

この2つに共通しているのは「インセンティブの歪み」ですが、これをメンタル関連の話題につなげると、どのようなことが言えるのでしょうか。

比較的よく耳にするであろうものは、「結果ばかりを評価しているとチャレンジしなくなる」という感じかと思いますが、スポーツであれば「勝ったら褒める」、勉強であれば「点数が高かったら褒める」みたいな感じのことです。もちろん、褒める側に評価の意図はないのかもしれませんし、もっと頑張ってもらいたいという純粋な思いから褒めているケースもあるのかもしれませんが、ここでポイントとなるのは、「勝ったら」とか「高かったら」という部分。

このような条件を付けると、「失敗しないこと」が最大のインセンティブになり、結果として、「ミスを避け」「安全なプレーばかりを選択し」「難しいことに挑戦しない」行動を促す可能性があります。場合によっては、ウソをつくことに最大のメリットを見出すかもしれません。

ここから、「アンダーマイニング効果」や「グッドハートの法則」の話に展開していくつもりですが、文字数も増えてきたので、続きは次月以降に書こうと思います。